青年と兎
「『けん』ご飯だよ」
と、耳の垂れたふわふわの兎に言うとピクリと体を震わせ、声の持ち主の元へ小さな体をピョコピョコと飛びこちらへ来る。
それを確かめ、兎の餌を置く。
可愛いなと思いながら撫でると餌を食べるのを中断し、撫でている手へすり寄ってくる。
兎の『けん』を撫でなるとあいつの顔を思い出し、和んでいた心体が一気にだるくな
り、目頭から涙が零れた。
「………っ…バカ…だよな、俺。」
しゃがみ込んでいた俺は崩れ落ち、この時期には少し冷たいフローリングへ座り込んでしまう。
床の冷たさは俺を拒絶している様に思えた。
「何時、…帰ってくるか分かんない奴を…ましてや、帰ってくるかもわからない奴を…ここで…待って居るなんて…」
心の中から自分をせき止めていた何かが壊れた様に涙が止まらない。
手の中の『けん』は心配した様に小さな下で手を舐めたり、あまがみをしたりする。
一生懸命俺を心配している様子を伝えようと頑張っている姿が可愛くて、笑い掛けるとせわしなく動いていた『けん』がほっとした様に鼻をヒクヒクと動かし、餌を食べ始めた。
「御免な、『けん』」
ふわりと餌を食べる『けん』の頭を撫で、出かける準備をする為、ヒンヤリとした部屋を出た。
部屋のか中らカリカリと餌を食べる音を聞いてパタンとドアを閉めた。
体にあるだるさを拭おうと思いシャワーを浴びる。
シャワーを浴びながら目の前にある鏡で自分の体を確かめて行く。
それは、そこに自分があるのか確かめるような行動だ。
「………」
あいつが付けて行ったものは殆ど、いや全部消えている。
当り前だ。あいつが消えてから一年以上たって居るんだ。
でも、一つだけ残っているものは喧嘩をして付けた傷の後だけ。
右肩にある皮膚が引き攣った後は、どれだけ怪我が酷かったのか語っている。
つっと傷をなぞりあの時の事を思い出す。
喧嘩をした原因など覚えていないけど、口喧嘩でものすごく言い合ってて、頭にきたあいつは手が出て、俺を殴った訳じゃないけど俺を押したんだ。
押し倒した理由は、まぁヤッて口を塞ごうとしたんだろうな。
でも、俺の倒れた場所が悪かった。
そこにガラステーブルがあった。
倒れた俺は勢い良くガラステーブルの角に肩をぶつけた。
ぶつかっただけなら良かった。テーブルの角は割れながら俺の肩を抉った。
「…っ!!」
俺は痛みとかそういうのはあまり感じなかった。
それ程その時のあいつの顔が固まり、真っ青になって行く様を目に焼き付ける様に見ていたから。
何があっても表情を変えないあいつの初めて見た表情に気を取られて、抉られて出来た傷から大量に出ている血なんて気がつかなかった。
慌ててあいつが肩にタオルを押しつけるまで痛みが無かった。
その後は、ガーゼで抑えただけ。
きちんと治療はしなかった。
痕なんて残らないだろうと思っていたけど、はっきりと引き攣る痕が残った。
あいつは俺の肩を見るたび痕をそっと指を這わせ、謝るようにそこへキスを落とす。
それの繰り返しだ。
そんな事になったけど、あいつが痕を見るたび顔を歪めてくれた。
痕があって嬉しいと思ったけど。
シャワーのコックを閉め、用意しておいた洗いたてのタオルで体を拭いて行く。
タオルは体と髪についた水分を吸い取っていく。
使ったタオルを腰に巻き、自分の寝室へ入って洋服を着て行く。
「ハァ…」
ケータイランプが光っており、メールが来ている事を知らせている。
静かな部屋にケータイを開く音が響く。
From:ナオト
Title:無題
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着いたなう!!
――――――――
メールはこれから会う友達からだった。
友達へ今から家を出ると返信し、準備を終わらせた。
『けん』へ声を掛け家から出た。
外は明るく澄みきった空が広がっている。
今の自分には眩しすぎる。
友達の待っている所へ行こう。
そして、笑おう。
笑って、買い物して、遊ぼう。
この時はあいつの事を忘れよう。
大好きな友達の元へ行こう。
早く会いたいんだ。
会って、飛びついて、笑って、俺たちなりの挨拶しよう。
「アキト!」
俺の名前を呼んだ友達は俺の頭の上に広がっている空の様に明るく澄みきった笑顔で大きく腕を振っている。
「ナオト!」
歩いてた足の速度を上げ、友達へ突っ込んでいく。
「ぐっ」
俺の体当たりに友達は耐え、俺の頭を撫でてくれる。
これだけで幸せ。
そう感じ始めたのは、何時頃だろうか。
あいつが頭の中から消えて行ってしまうほど。
※
「アキト」
「んー何?」
友達の顔は真剣なそれで。
「まだ、あいつの事忘れられないのか?」
違う。忘れられないいんじゃなくて、待ってるんだ。
「いつかは帰ってくるだろうし。まだ…」
俺はまだの後をすぐさま言えなかった。
あいつを愛していない、訳じゃない。
愛している。
以前以上に愛している。
でも…でも…
「あいつを忘れろ。忘れて、俺にしろアキト。俺なら、お前を置いて何処にも行かない。ずっと傍にいる。」
あいつの事もまだ、愛している。
気づいていたんだ。
あいつと同じくらいに、どちらか選べないくらい、いつの間にか目の前に居る友達を愛している事を。
「なぁ…」
真剣な顔は曇って行く。
「俺は…」
曇って行く顔は何処か苦しそうで、辛そうで、痛そうで。
「ゆっくり考えてくれ。俺の事も、あいつの事も」
俺は…
考えが纏まらない。
答えは出ても、その答えを整理するほど俺は勇気がなくて。
どっちも合っていて、どっちも正しくないような気がして。
逢いたいんだ。
逢って、二人にこの気持ちを伝えないといけない様な気がする。
だけど、そんな勇気これっぽっちもわいてこない。
湧いてこない。
気がつくとその場には、俺一人だった。
一人にしないって言ったじゃんか。
上を見ると明るく澄みきっていた空は、曇って重く沈んでいる。
※
あの時から友達から連絡は無かった。
毎日あの事を考え、悩んで夢の中でも悩んで。
部屋にメールの着信を伝える着メロが流れ、その音で目が覚めた。
メールは友達からで
From:ナオト
Title:無題
――――――――
今日、家に
行っていい?
――――――――
絵文字も顔文字も一つ入っていない、友達らしかった。
To:ナオト
Title:Re無題
――――――――
いいよ
――――――――
それだけ返し、部屋から出た。
「餌上げなきゃ。」
餌の準備をして、『けん』の居る部屋へ行く。
「『けん』ご飯だよ」
目に入った『けん』は丸まって居て、俺の声に反応しない。
「『けん』?」
嫌な予感を巡らせながら、『けん』へ近づく。
「『け……ん』」
しゃがみ込み『けん』を抱き、立ち上がる。
「…あっ…」
どうしよう。
心の支えが。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、ドウシヨウ
『けん』がまた居なくなる。
『ケん』がまたイナくナる
ケンガマタイナクナル
「はっ……ぁ…」
喉からヒューヒューと音を立て、息が吸えなくなっていく。
目の前が霞む。
アタマがイタイ
ぐらりと目の前が歪む。
消えゆく意識の中であいつが無表情の顔を焦りの色に染まらせながらこちらに駆けてくる様に見えた。
「ケン…」
あぁ、俺はこれからどうやって生きていけと言うんだ。
※
目を開けると自分の部屋の天井で、隣から聞こえてくるのはあいつと友達の声。
二人の声はとても落ち着いてて。
そういや、あいつと友達は親友だったらしい。
でも、会っている所とか話している所なんて一つも見たことない。
「アキト大丈夫?」
覗き込んできた友達は、心配そうに顔を歪めている。
「大丈夫」
頭を撫でられる感覚があり、手の持ち主を見ると
「ケン…」
「御免な、俺のせいだ。俺はお前に何一つ言わないでそして、音信不通になって済まない。」
「帰って来てくれただけでいいよ」
ふっと息を吐き、心の中を探った。
今、自分は誰を愛しているのか。
帰って来たあいつに会えてうれしい。
本当に俺はあいつを愛している。
でも、友達もそれ程に愛している。
今もこれからも、二人とずっと居たい。
「良かったな、アキト」
友達は一言に色んな思いを込めて俺に行った。
早く早く、今言わなければ。
じゃなきゃ、この後友達は一度も会えなくなってしまいそうな気がして。
友達の事だから、そう言う事は無いけど。
「二人共」
最低の答えだけど、
「ナオトあの時の返事」
でも、選べないんだ。
「ケンにも言わなきゃと思って」
俺は二人に愛されて居たいんだ。
「 」
俺は寂しがりの兎だから。
あとがき
リクエスト有難うございます。
リクエストされたのは、まさかの年賀状www
ビックリしましたね。
えっ、マジでwww
そんな勢いで
リクエスト内容が
『シリアス』『ウサギ』
アリスしか思いつかネぇ
と思っていましたが、こんな話になりました。
まとまりが無い。
そして、意味が分らない。
色々思う事あるけど。
ケンが何処に行っていたのかと最後のセリフは読んでいる貴女の想像にお任せいたします。
黄柄様のみ、お持ち帰り、苦情、書き直しを受け付けます。