みにくい

 先日落ちた雷は先生の家に多大な影響を与えたようで、青い顔をして先生が俺の家を訪ねて来た。五島で雷は家電クラッシャーだ。俺の家は被害を免れたが。先生は家電を徹底的にやられてしまったらしい。

「あらあら、先生。災難だったわねぇ。」

 けらけらと母ちゃんが笑いながら先生の肩を容赦なく叩いていた。あーあ、いくら順応能力が高い先生でもショックから未だ立ち直れないようで、母ちゃんのこえになんの意味もなさないうめき声をこぼすだけだった。

「おい、そこら辺にしとけよ。先生、顔色悪いぞ、大丈夫か?」

 母ちゃんの手を押しのけて先生の顔をのぞき込むと、びっくりしたように先生の目が見開かれる。・・・俺がいること気づいてなかったな、これ。

「あ、ああ・・・ヒロ・・居たのか。」

・・・やっぱりな。ちょっとため息をつきながら俺の携帯を先生に差し出す。

「・・・?なんだよ。」

 嫌みか?というようにジトッと睨め付けられた。そんな視線に苦笑いを返す。ほんとに子供くさいな、この人は。

「使っていいっすよ。仕事の連絡とか、早いほうがいいだろ。」

「おお・・・サンキュー、助かった!」

 よく海に落ちる先生の携帯は壊れてしまっている。自宅の電話が死んでしまった今、取引先に連絡する手段はない。ピコピコと何も見ずに押されていく一つの番号に少し面白くない気持ちが募る。突然訪問してきた騒がしいあの二人はつい先日帰ったばかりであった。きっと今先生が電話をかけているのは仲の良い川藤さんだろうと思うと憂鬱になる。そもそも、先生に友達がいないだろうなんて高をくくっていたのが間違いだったのだ。そりゃいくら先生でも友達くらいはいるよな。まぁ、それがあんなに親しいとは思わなかったけどな。

「だからぁ、雷でパソコンが駄目になったんだっていってるだろ!うるさい!」

 いらいらと先生の足が揺れる。先生の感情が川藤さんの言葉で変わっていく。たとえそれがうざったいとか、そういうものであっても、むかつく。先生は俺のだ、なんて自分勝手などろどろした気持ちが溢れてどうしようもない。

「・・・はぁ?来る?こっちに?」

 どきっとした。今度こそは先生が連れて行かれてしまうんじゃないかという不安が俺をおそう。来たばかりですぐ行かないなんてことは分かっている。でもいつか先生が居なくなるということを嫌でも考えてしまって、どうしようも無い。

 眉に自然と力が入ってしまっているのが自分でもわかる。今、俺ひどい顔してるんだろうなぁ。ぼう、と先生を見つていると、ふと先生がこちらを向いた。

「だから・・・って・・ヒロ?」

 携帯を耳に当てたまま、先生が俺の名前を呼ぶ。こちらを向いた黒目がちの瞳に、俺を呼ぶ声にたまらなくなって、先生の肩に頭をのせる。

「・・・どうした?」

 ごちゃごちゃと未だ携帯からは声が流れていたが、先生はそれをあっさりと切って俺の神をなでた。駄目だ、先生、甘やかすなよ。

「なんでもない。」

 ・・・あほか。何でもない訳がない、情けねぇ。ほらみろ、先生心配した顔してるじゃねーか。そんな顔すんな、俺がかってにいらいらしてるだけで先生は悪くない。そう、悪くないんだ。先生はただ、友達と話してるだけで、俺が勝手にぐちゃぐちゃ考えて勝手に嫉妬しているだけ。

「ほんと、なんでもない」

「本当か?」

「あぁ。ちょっとめまいがしただけだ。」

 先生が俺を心配してくれることに安心して、電話より優先されたことに優越感を感じて。


     あぁ、びっつんなか。