志摩誕

「ふ、あぁぁぁ・・・」

 暑くなってきたためつい先日だしたブランケットを勢いよく身体から引きはがした。寝ぼけたまま目覚ましをぼぅ、と眺めると、いつもはまだベットにしがみついている時間だった。

「・・・なんや、俺もたいがいゲンキンやなぁ・・・」

 自分の誕生日に早起きって。ガキか、って言われそうやなぁ。・・・あれ、ゲンキンって漢字でどう書くんやっけか。ん?そもそも意味あってはったか?無い頭を絞って考えるが浮かばず、止めた。
 零れるあくびをそのままに、サンダルを引っかけ、寮の共用水道(手洗い場)へと足を向けた。
 ペタペタと汗でサンダルが足の裏につくのが気持ち悪い。珍しく早く起きたのだから、シャワーでも浴びようか、と思いつつ進んでいると、見慣れた黒と黄の頭が目に入る。
 日課であるランニングが終わったのか、バシャバシャと顔を洗っている。落ちてしまっているタオルを拾い、ずい、と差し出すとなんの戸惑いもなくそのタオルが受け取られる。

「ありがとさん」

  「いいぇえ、坊はまたランニングですか?ほんま変態やなぁ」

「変態ゆうなや・・・なんや、今日は随分早いんちゃう?」

 変態、という言葉に眉を歪めたあと、坊がふと思い出したように言う。

「あー・・・暑くて寝れんかったんですわ。」

「そーか、昨日は湿度もあったしな。」

 ジメジメしてかなわんわ、と水で濡らしたタオルで首を拭く坊に思わず目が釘付けになる。汗でうなじに髪がへたり、とついているのがなんだか扇情的で、そこに手を伸ばしたくなる。自分を落ち着かせるように飲み込んだ唾が、思っていたより大きく響いてそれにまた怯えた。

「なんや、ノド渇いてんのか?」

「は、ははは・・・」

「ん、」

 ずい、と目の前に差し出されたのは、青い文字でロゴの書かれたスポーツ飲料。もう温いけどな、という坊の言葉はもはや聞こえていなかった。半分ほど減っているペットボトルに口をつけて飲むことがこんなにも緊張するとは・・・これは試練や・・・。ただのペットボトルが輝いて見えはる。

「飲まないんか?」

「や!飲みますっ!飲まして下さい!!」

「そ、そか・・・」

 ほならいいけど、と呟く坊の目がひどく戸惑っていて申し訳なく思った。意識しているのは俺の方だけで、坊はただ"友人"にあげただけ、なにも思うことはない。そうわかっているのに、ひどく胸が痛いのは今日が特別な日、だからなのだろうか。
 いただきます、とにへら、と笑いペットボトルに口を付ける。喉を滑り落ちるモノがひどく甘い。それは喉に引っかかった言葉と絡まって絡まって、ずるりと胸の奥へおさまった。

「いやーほんま助かりました、生き返りますわ。」

「大げさやろ・・・けど、まぁ、水分不足には気ぃつけ。熱中症になったらかなわん。」

「何や坊、心配してくれはりますのん?」

 へらへらと冗談めかして言うと、存外真摯な瞳がこちらを見ていて、胸が早鐘を打つ。鋭い視線のあと、ふ、と呆れたように坊の表情が緩んだ。


「あたりまえやろ、」

悪いんか?と少し顔を伏せる坊にこちらが慌ててしまう。

「ぜんっぜんっ!!悪ないです!!むしろすごく嬉しいです!」

 大声でまくし立てると、顔をわずかに染めた坊が渾身の力で俺の頭をはたいた。いててて、と大げさに騒ぐと、坊ははぁ、とため息をつき、笑った。その笑顔に絆されるように俺の顔も締まり無く緩むのがわかる。

   これでいいんや・・・これでいい。

 坊に心配して貰えるなんて、これ以上嬉しいことはない。

 たとえその言葉の前に"友人なんやから"という言葉がついていたとしても。

「んじゃ、坊。俺はシャワー浴びてきますわ。」

 お疲れさん、と声をかけ横をすりぬけて歩いて行くと、不意に坊がおい、と声をかけてきて、半ば反射的に坊の方に振り向く。

「なんですか?」

「あー・・・いや、その・・・」

「坊らしくないなぁ。そんな言いにくいコトなんですか?」

「や、言いにくいコトちゃう・・・ん、やけど・・・」

「はい、」

「あんな、お前、今日誕生日やろ。」

「・・・はい?」

「・・・誕生日おめでとさん、そんだけや。じゃあな!」

 言い吐き捨てて、坊は走っていってしまう。
 ぼう、と突っ立っていると、坊がはなれたところからまた叫ぶ。

「早く起きたんやから、遅刻すんなや!廉造!!」

「はへ??」

 遠目からでもわかるほど、顔を真っ赤にして坊はとうとう走り去ってしまった。

「ちょ、もう・・・反則やって、ソレ・・・」

 どうしようも無く恥ずかしくて、ひとりになった廊下にしゃがむ。ほんま、坊は優しくて可愛らしゅうて、男前で・・・ひどいお人や。

「諦められへんやないですか・・・」

緩む口と赤いであろう熱い頬を両手で覆い、呟いた。





END





おまけ

坊:「駄目や、なにしたらええかぜんっぜん思い浮かばん。」
猫:「志摩さんが欲しいの、ですかぁ・・・」
坊:「そや。」
猫:「んー、柔造さんらに聞いてみたらどないです?」
坊:「柔造か・・・そやな。」

   プルルル

柔:「はい?」
坊:「柔造か?」
柔:「なんや、坊やないですか。どうかしはったんですか?」
坊:「いや、志摩の誕生日についてなんやけどな。」
柔:「あぁ、廉造の。明日ですねぇ。」
坊:「・・・なにやればええのかわからんねん」
柔:「そうですねぇ・・・」
金:「なんや、柔兄。誰と話してんねや」
柔:「誰って、坊やって、ちょ、おい!」
金:「坊ですか!?」
坊:「うわっ!いきなり大声だすなや」
金:「おぉ!ほんまに坊や!久しぶりやなぁ、元気でした?」
坊:「おん、元気や」
柔:「おい、金造。話が進まへんやろ」
金:「そや、坊。なんの話ししてたんですかえ?」
坊:「あー、志摩の誕生日の話や。なにやったらええかな、思うて。」
金:「廉造ですかぁ?あんなん、坊がオメデトーゆってくれはるだけで十分ですわ。」
坊:「いや、それはあかんやろ」
金:「問題あらへんですって。あいつはそれで満足ですわ。」
柔:「そやね、俺もそう思いますわ。」
坊:「柔造、お前もか。」
柔:「それだけだとあれなんでしたら、"廉造"って呼んでやってください。」
金:「えぇー、廉造にそれはちょっと贅沢過ぎやない?」
柔:「誕生日やで、そんぐらい我慢せえ。」
坊:「(贅沢って、なんや・・・)そんなんでええのか?」
柔:「全然大丈夫ですよ。」
金:「むしろ泣いて喜びますわ。」
坊:「ほうか・・・?」
柔・金:「はい、」
坊:「・・・・とりあえず、名前で呼んでみるわ。ありがとさん、」
柔:「いいえ、坊が元気そうで何よりです。」
金:「あのアホにはこっちから昆虫図鑑送っておくんで、プレゼントには困りませんえ。」 坊:「昆虫図鑑て・・・。泣き叫びそうやな。」
金:「うれし泣きですわ、気にせずほっといて下さい。」
坊:「・・・おん、んじゃ、おおきに。」
柔:「はい、どおいたしまして。」
金:「坊、お元気でー!!」

ぷつん。

坊:「・・・ええんかな・・・。」


END