しますぐ

「おい、志摩!!」
坊のいらいらとした声が背中にごしに聞こえる。
「いや〜やっぱ女の子はかわええなぁ」
ぐい、と引っ張られる襟元をそのままに、俺は坊に背を向けて女の子が沢山いる駅の喫茶店の中に視線を巡らす。ふわふわのスカート、まぶしい太もも、可愛い笑顔。
「はぁ・・・俺、今なら往生してもええですわぁ」
 ちらり、と坊を盗み見るが望んでいたような嫉妬に満ちた顔はそこにはなく、ただ心底呆れたような瞳がこちらを見ていた。
「ほんま、頭ピンクやな」
「見ればわかりますやん」
「それちゃうわ」
 坊はトサカー、とからかうように笑うと、む、っとしたように坊の眉が潜められる。トサカやない、と拗ねたような声色で言い、乱暴に掴んでいた俺の襟元を離し、どすどすと歩いていってしまった。
「坊ー!待ってくださいよぉ」
「やかまし!お前なんか知らん」
 しまった、つい可愛くて弄りすぎた。慌てて遠ざかる背中を追いかける。
「ついてくんなや!」
「そんなこと言わんといてくださいよ」
 坊の背中に追いついたが、俺よりも少し大きい背中は止まることを知らず、なおも早足で歩き続ける。こうなった坊は頑固で譲らないことを知っているだけに、参ってしまう。情けなく眉が下がってしまうのが自分でもわかる。
 なんでいつもこうなってしまうんやろ。俺、つくづく阿呆や。
 振り返らない坊の背中をじっと見つめる。とぼとぼと坊の後ろを仕方なしについて行く。俺がここで逆ギレでもしたら坊はどうするんだろうか。・・・追いかけてはくれない気がする。なんやあいつ、なんてそれこそ冷たい目で見られるのだろう。
「ぼ-------- 「うおっ!!」」
 しびれを切らして、名前を呼ぼうとした声がどこか聞いたことがある声に遮られる。
「なんだよ、危ねえな」
「なんや、奥村くんやないの」
 ぶつぶつと唇をとがらせる奥村くんはずんずん歩いていた坊にぶつかってしまったらしい。ひょい、と坊の後ろから顔を覗かせると、鼻の頭をぶつけて赤くした奥村くんと視線が合う。
「なんだ、お前もいたのか」
 へぇーとじろじろと俺と坊を交互に見る奥村くんに居心地が悪くなったのか坊が奥村くんの鼻をおもむろにぎゅ、っとつまんだ。
「ぶふっ!」
「赤ぁなっとるな。」
 放せ、勝呂こら、などと、むぐむぐと鼻をつままれたまま奥村くんが騒ぐ。
「くっ、お前なに言うてるかわからんわ」
「っぷは、お前がそうしたんだろ!」
 くつくつとおかしそうに坊が笑う。ようやく鼻を放された奥村くんはさらに赤くなってしまった鼻を擦った。
「お、そういえば、暗記の仕方教えてくれよ」
 先ほどまでの怒りは何処にいったのやら、けろりとした顔でいう。
「ええけど、暗記はとにかく読む事やで?奥村の場合は漢字を読めるようにすることから始めなあかんのやないか?」
「う、うるせー・・・」
 少し考えるような仕草をしたあと、ちらり、と坊がこちらをみる。なんだか嫌な予感がしてたまらない。まさかと思うが、いやまさか。それはあきまへん、と必死に瞳で坊に語りかけるが、坊はふい、と視線をそらしてしまう。
「そやったら、俺が読んだテープやるわ」
「テープ?」
 ごそごそと坊はカバンを漁り始める。ああ、駄目ですって。
「ああ、志摩の暗記用に作ったんやけどな、」
「おお!すげぇ!勝呂かっけえな!」
 キラキラと目を輝かせる奥村くんにちくちくとしたいらだちが募る。坊の手のなかに見えるカセットが黒く鈍く光る。
 気づいた時にはカセットを出そうとしている坊の手を掴んでいた。
「・・・・へん・・・」
「おい、志摩?邪魔や」
 ぎゅう、と指に力を込めると、坊が息を詰める音が聞こえた。奥村くんは不思議そうに こちらを見ている。
「・・・あきまへん。」
坊の手を握ったまま、一歩前にでる。
「これは俺の専用やから、奥村くんにはやれへんわ。」
「あ?でも勝呂がいいって・・・」
「堪忍や。奥村くんは杜山さんにしゃべって貰はったらどうや?」
 良いアイディアやろ?と笑うと、そ、そうか!お前良い奴だな、なんて呟きわずかに赤くなった耳をそのままに走りさっていった。
 その背中をひらひらと手を振って見送る。右手は未だカセットを掴む坊の手の上だ。
「・・・志摩、離しぃ」
 難しいことを考えているかのように眉を思いっきり潜めて坊が言う。
「嫌や」
 その姿にわずかばかり傷つく心を無視して、繋いだ手をそのままに今度は俺が突き進む。坊は口では離せと言うが、けして無理矢理自分から離そうとはしなかった。
ばん、と大きな音を立てて部屋のドアがしまる。入り口に立ったまま俺たちはしばらく動かなかった。
「・・・なんで、」
 部屋に入ると、先ほど堪えた感情が溢れて止まらなくなりそうだった。ぎり、と坊の手を強く握りしめると、二つの手の平のなかでカセットがキシキシと鳴る。
「なんで、コレ、奥村くんに渡そうとしはったんですか。これは俺の為に作ってくれはったんやないんですか。」
 思わず問い詰めるかのような口調になってしまう。まったく俺らしくない。こんなの俺じゃない。
「・・・別によかろ」
 俯く坊の口から投げやりな声が聞こえてキッと坊を睨んでしまった。
「それ、は・・・・」
 どういうことですか、と問いかけようとしたとき、坊が不意に顔を上げ俺を睨み付ける。 「お前はそこら辺の女にでも読んで貰えばよかろ」
「・・・なにゆうてるんですか・・」
 坊はバッと俺の手を振り払う。その拍子にカセットが手の平から零れ落ち、カシャンと軽い音を立てて床に落ちる。
「そんなに女がええんなら、女にゆうて貰えばいいやろ、って言いてんねや。こんなむさい男の声なんて聞いたってつまらんやろ。」
「そんなことあるわけないやないですか!」
 自嘲気味に笑う坊にこちらの胸がきりきりと痛む。なんでそんな顔で笑うんだ。
「はっ、ようゆうな。あっちに行ってはやれあの子が可愛い、そっちに行ってはあっちの子が好み、や。誰がそんな言葉信じるおもてんねや。」
 そんな薄っぺらい言葉、と吐き捨てるように呟く坊をぐい、と引き寄せる。わずかばかり低い自分の背が憎たらしい。胸に抱き寄せたいのに俺に出来るのは辛そうに歪むその顔をぎゅう、と自分の肩口に押しつけることだけだった。
「っ!離せや!!」
 坊が頭を引きはがそうとするがぐい、と無理矢理押さえつける。すると、がり、という不吉な音と共に首筋が焼けるように痛む。
「ってて、なんや坊、甘えたですなぁ」
 離せ、というように首筋に立てられた歯がさらに深く突き刺さる。頬に黒と黄色の柔らかい髪がさわさわと当たる。
「・・坊はほんま俺のことわかってまへんなぁ。」
 目の前にある髪に鼻先を埋め、小さく囁くと首を噛んでいる力が抜ける。
「ほんま、わかってへんわ」
 抵抗する身体を押さえる手を坊の頭へと這わせる。くしゃり、と髪をなぜる。
「坊より好きなものなんてありません。可愛い女の子も、お姉さんも、坊に比べれば何てことあらへん。坊、好きや、お願いします。俺以外見ないで下さい。」
「・・・俺以外見てんのはお前やろ。俺は駄目でお前はええんか。ずいぶん、勝手やな」
 くぐもった声が肩口から聞こえる。嫉妬めいたその言葉に、思わず顔が熱くなる。
「俺のは条件反射ですわ」
「条件反射てなんでや」
 抵抗しなくなった坊の頭をそっと離す。俯くその顔が見たくて、下から覗き込む。すこし悔しげな瞳に思わず気の抜けたへにゃり、とした笑顔が零れてしまう。
「志摩、」
「俺はちっさいころからずっと坊だけを見てきたんです。そら、ばれない様に無理矢理女の子可愛いーぐらいやってみせますわ。」
「・・・・あほやろ」
「坊馬鹿、ってゆうてくださいよ」
 に、と笑うとようやく坊の眉間のしわが消え、わずかな笑みがこぼれる。それは純粋な笑みというよりも苦笑に近かったのだが、それでさえも志摩の目には愛おしく映る。
「ばーか、」
「ひどいわぁ」
 くすくすと笑い合い、静かにこつり、と額を合わせる。
「坊、後生ですから、俺を置いてくなんてことせえへんでください。俺以外見ないでください。・・・声も俺以外聞かせんで欲しいんですよ、俺以外に見せたくもない。好きなんです、どうしようもなく。これ以上、俺のことおかしくせえへんでください。」
 愛しゅうてかなわんわ、軽く合わせるだけのキスとともにささやくように呟いた言葉はしっかりと聞こえていたらしく、おもしろいぐらいに坊の顔が赤く染まっている。
「坊、ゆでだこみたいやで」
「・・・阿呆、恥ずかしげもなくいいよって」
 ごん、と軽く拳が頭に落ちる。
「ほんまのことですから」
 さらり、とそういうと坊は言葉に詰まり呻く。珍しい反応に気を良くしていると、突然坊に頭を引き寄せらる。

「俺も、好きや」

 耳元で微かに甘い声が聞こえた。


END

*おまけ

猫)あれ、志摩さんどうしはったんですか、その首。
志)あー、噛まれたん。
猫)噛まれた!?
志)可愛いやつになぁ
猫)ああ、ペットとかですか?
志)ぶふっ、ま、まぁ、そういうことやな(ぺ、ペット・・・!!)
猫)躾はちゃんとせなあかんですよ、かみ癖が付いたら大変やし
志)ッ・・・そ、そうするわ・・(躾躾躾しつk・・・・)


奥)すぐろー
勝)あ?なんや
奥)しえみもお前のテープが欲しいんだってよ、やっぱくれよ
勝)あー、ええで。
奥)おお!ほんとか!
勝)おう、明後日ぐらいにカセットやるわ
奥)ありがとな!!(勝呂かっけぇぇ!!)
勝)別にええ(まあ、奥村専用を作るんであって、志摩専用のをやるわけやのうし、ええやろ)