ストーカーと潔癖さん

 俺が最初に違和感を覚えたのは、歯ブラシ。
二週間に一回は新品に変え、さらに毎日殺菌して清潔を保っているのだが・・・この頃なぜか痛みが早い。
新品に変えてわずか一週間で毛先が開いてくるのだ。
強く磨いているつもりはないし、痛むと雑菌が住み着きやすいのでむしろ大切に扱っているのだが。

それからというもの、どんどん俺の周りで奇妙なことが起こり始めた。
朝出かける前に完璧に仕上げたシーツにしわが寄っていたり、使い古した下着や歯ブラシなどゴミ箱に捨てた筈の日用品が綺麗さっぱり無くなっていたり。
どう考えても何者かが入ったとしか考えられない。
俺はその結論に辿り付いた次に日に急遽有給をとり、部屋中をくまなく殺菌した。
オートロックだが、内側に付ける式の鍵を管理人に話をし、ドアに付けた。

正直、すぐ引っ越したかった。
だか潔癖症の俺が安心して暮らすことの出来る部屋をこの短時間で探すのは難しい。
むろん、知り合いの家など汚くて泊まれたもんじゃない。
幸い、鍵をもうひとつ付けたおかげか、もう部屋を荒らされることはなかった。

いったいなんだったんだ・・・?ストーカーってやつか。今時の女は怖えな。
ため息を吐きながら残業の為すっかり暗くなった家路を急ぐ。
  くそっ、三木下のやろう、仕事押しつけやがって。
なにが「独り身は早く帰っても寂しいだけでしょう?優しい俺が仕事増やしておきましたんで。」だ。
てめぇも独り身だろうが。
あいつ絶対早く帰ってモンハンやりてぇだけだ。あのゲームオタクが。

いけ好かない同僚にいらだちを募らせながらようやく着いた我が家の鍵を回す。
まぁ、いい。今日は24見て寝よう。報復はまた後日だ。
靴の汚れを丁寧に落とし、通気性のいい棚においてため息をついた。
それにしても疲れた・・・。
あいつは俺を殺そうとしているのか?ありえなくもないのが怖えな。
重い腰をあげリビングに向かうと、消していったはずの電気がついている。

ま、さか・・・入ったのか!?

サァァ、と頭から血の気が引いていくのが自分でもわかる。
勢いよく扉を開けると、台所からカチャカチャと物音が聞こえた。
台所=包丁という図式がふと頭に浮かび、思わず後ずさる。
いきなり・・刺したりとか、は、流石にないよ・・な・・・?そろそろと近づき、思いきって台所をのぞく。

  そこには、黒い髪を肩まで伸ばした・・・・男、がいた。

「う、わああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

  ビクッと男が驚き、振り返るがそんなこと今はどうでもいい。
とにかく、そこから・・・・・
「出ろ!!台所から!!!!汚えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
触るのもおぞましいが、首元をガシリと掴みそのまま風呂場につれていく。
男はとにかく汚かった。
地面を転げ回ったかのように服は薄汚れ、髪は自由に伸びきって何日も洗われていないようだった。
「脱げ!!!!」
ゴミ袋をそいつに投げつけて言うと、そいつはおろおろと慌てた。
「汚ねぇ格好で無駄な動きをするな!!さっさと脱げ!!風呂に行け!!!」
男の服をはぎ、風呂場に蹴り入れる。
脱がせた服はそのままゴミ袋行きだ。
手がほこりっぽくてめまいがする。どんなことをしたらこんなに汚くなるんだ。
・・・待てよ?そもそもこのまま追い出せばよかったんじゃねーか。ミスった・・・。
手を隅々まで洗いながら後悔していると、ふと、風呂場から水の音がしないのに気がついた。
「おい、どうした・・・・」
ガラリ、と戸を開けると、男はただしゃがみこんでいた。
「なにやってんだよ、お前。早く洗えよ、ったく。」
動きそうにないそいつをいすに座らせ、頭からシャワーを遠慮無くぶっかけた。
「うっ・・・・」
何日も風呂にはいってなさそうなその背中は垢だらけで不潔そのものだ。
「ほら、洗えよ」
新しくだしたスポンジにボディソープを付け、渡してやる。
男は受け取りはしたものの、ひとつひとつの行動がのろい。
ゆっくりゆっくりと洗う姿にいらだちが募る。
「あー!!もういい!!俺が後ろと頭洗ってやるから、早くしろ!!」
この際、俺のスポンジはあきらめよう。
じゃあな・・・今までお世話になったスポンジに別れを告げ、男の背中をこする。
面白いくらいに垢がとれて気持ち悪い。
込み上げる吐き気をこらえながら洗いきり、シャワーで流すと意外にも綺麗な肌が出てきて気が抜けた。
「頭洗うぞ。」
なにも声をかけないのは悪いと思い、一声かけると、男の頭がこくこくと動く。
・・・なんだこれ。ちょっと可愛いぞ。
そんな思いも頭に手をかけた瞬間消えた。
髪は脂でべたつき、ちょっとやそっとではシャンプーが泡立たない。
二度三度を根気よく洗うと、なんだかどんどん楽しくなっていく。
俺の唯一の趣味は掃除。
汚い不潔なところが自分の手で綺麗になっていくのがたまらない。
潔癖症には自分の手でやるのが嫌なやつもいるようだが。俺は自分でやるのが好きだ。
そんな俺にこいつの汚さは不快だが、同時に魅力的だ。綺麗にしがいがある。
するり、と指通りがよくなった髪を手にとり眺める。
・・・長いな。長いから汚く感じるんだ。切るか。
いったん風呂をでてはさみを取りだして男の元にもどる。
「おい、切るぞ」
驚いたようにこちらを振り向いたそいつの前髪をとりあえずザクリと切った。
「・・・あ・・・」
「なんだ?駄目だったか?まぁ、知ったこっちゃないがな」
そういえば、今のが第一声だな、と思いつつ、どんどん遠慮無く切っていくと、ストーカーには見えない好青年が出てきた。
「なんだ、お前イケメンか。つまんねぇな。」
「え・・・あの・・・」
「あーあー、しゃべんな。毛が口に入るぞ。」
むぐ、と口をつぐむイケメンに思わずにやける。イケメンが言うこと聞くってすげぇ良い気分だな。

「お前、名前は?」
切った髪をシャワーで流し、タオルを渡す。
「・・・すばる」
「っぷ・・・くくく、か、カッコイイ名前じゃねーか」
ストーカーの名前がすばる!!ずいぶん爽やかな名前だな!ストーカーなのに!
「んで?お前はなんで俺のストーカーなんてしてるわけ?」
ビクッとして俺の顔をおずおずと見てくるのが面白くて顔を近づけてやると、慌てたように顔を赤くするそいつに笑みがこぼれる。
「・・・好き、なんです。南緒さんが。」
名前・・・って当たり前か。ストーカーだもんな。
といってももう、俺にはこいつに対する不快感はない。
行動はきもいが、綺麗になった今、むしろ付き合ってやってもいいかな、なんて気もしてくる。
こんなイケメンにこんなに好かれてるってすごくないか?
それになんだかペットみたいで可愛い。一回ペット飼ってみたかったんだ。

「いいぞ。付き合ってやる。」
「ふぇ・・・?本当ですか・・・!?」
キラキラと瞳を輝かすすばるに苦笑いがこぼれる。
「しかし!お前は此処に住め。外に行って汚くなったらお前とは二度と付き合わんからな。」
汚いのは嫌いだ不潔だ。そのまま清潔なお前を保て。そういうと嬉しそうにそいつはこくこくとうなずいた。
「というか、俺、住むとこないんです。ありがとうございます!!南緒さん!!」
ぎゅう、と飛びついてくるすばる。

・・・・・ん?

「お前・・・うぷ・・歯も磨いてねえな・・・。」
「あ、ご、ごめんなさい」
「磨け!!!!!!」
「はいぃぃぃ!!」




END


おまけ


お前、台所でなにしてたんだ?
えっと・・・その〜・・・
(机の上に牛乳
ん?牛乳?
あ、飲みませんか!?
あ、ああ、飲むか・・・ってなんかこれ、臭いが・・・。
俺の、気持ちです♥
は、え、これってまさかお前の・・・
えへへ♥
ふざけんな!!死ね!!!出てけ!!
えぇ?そんなぁ、南緒さん!!
(部屋から追い出されるすばる
南緒さん!!入れてください!!
はぁ、やっぱ間違ったかも・・・
南緒さ〜ん!!うぐっうわぁぁぁぁん!!!
あー・・・警察呼ぶか・・・・



牛乳の代わりになにが入ってたって・・・
そんなこと、聞くなよ・・・。




南緒さ〜ん!俺のせー○き飲んでくださいよぅ!!!


っ!!!!!助けて!おまわりさーん!!