KURUPPOOO !!
鉄橋の一番上。そこに、そいつはいた。
車が行きかう橋の一番上にいるそいつを、俺は今日もなんとなしに見つめた。
そいつを初めて見たのは、雨の日の帰り道だった。
鉄橋の横に架けられた歩行者用の橋を歩いていると、安いビニール傘の向こう側にゆらゆらと揺れる何かが目にとまった。
ゴミ袋の類かと思ったそれは、どう見ても二本の人間の足で。
雨に濡れるということも忘れて、傘を下ろした。
視界が悪いなかよく目をこらすと、そこにいたのは自分と同じくらいの背格好をした青年だった。
頭からびしょ濡れになっていたが、なにか楽しそうに足をぶらぶらと揺らして、車の行き来を眺めているようだった。
そのときの俺は、なんで橋の上にいるのか、だとか誰も注意しないのか? や、そもそも危ねぇだろとは思わず、ただ呆然とした頭で今日の晩ご飯について考えていた。(いわゆる現実逃避だ。だってあんなんありえねぇだろ。)
次の日、なかば期待しながら橋の上を見つめたが、そいつは何処にもいなかった。
あたりまえだ、たぶんあれは見間違いだ。もしくは夢だ。そーだそーだ、フツーねぇよ、うん。
心の中で自分を納得させたが、その日以降きまって下校中橋の上を見る癖がついてしまった。
それでも、人間の記憶は脆いもので、癖は残ったが段々とその不思議な青年のことは忘れていった。
それからしばらくたって、そいつはいきなり俺の前に姿を現した。
部活で遅くなったその日、携帯をいじりながらいつもの癖で橋の上をちらりと見ると、橋の上から、何かが降りてきていた。ゴミにしてはでかいな・・・と思っていると、違和感を感じた。
「 あれ? どっかで見た・・・これってあれか? 世間でいう『 でじゃぶ 』とかいうあれか・・・? 」
のろりとした動きでそれを見つめると、ソレ、はあのときの不思議な青年だった。
やっぱりあれは夢じゃなかったのかと妙に納得していると、はた、とあることに気付いた。
「降りてきたって・・・あいつ落ちてんじゃん!! 」
慌てて携帯を乱雑にポケットに押し込み走っていくと、あいつの灰色のパーカーらしきものが橋の下に見えて、青くなった。
うわぁ、絶対死んだな、コレ。ああぁぁぁ! くそっ! あんなとこに座ってっからだ。俺は悪くない俺は悪くない・・・・。何だこの罪悪感・・・あれ? これって俺のせ・・・いやいやいや! 違うっ!!
ぐるぐると思考を巡らせながら、滑るように青臭い草が生い茂る斜面をすべり降りて、灰色のパーカー目指してなおも走る。息を切らしてそいつのところに行く。
「きゅ、救急車!それとも警察か!?」
わたわたと携帯を取り出してとりあえず119にかけようとするが、あせるあまり、番号を間違えてしまった。
「あぁ!俺のバカ!なにやってんだよ!!」
半ばべそをかきそうになりながら、ようやくきちんと番号を押して、耳にあてる。
今まで手元を見ていた視線を死体(仮)に向けると、そこにはあぐらをかき、きょとんとしたそいつ(死体(仮))がいた。
「・・・・・・」
「・・・・・・‥」
灰色のパーカーを着たそいつは間違いなく先ほど死んだはずの死体(仮)で、俺とそいつはしばし無言で見つめあった。
不意に耳にあてた携帯から病院の人の声が聞こえ、ハッと我に返る。
「や、あの・・すんません。大・・・丈夫? だったみたいです。ほんとすいません・・・。」
ピッ、と電子音をたてて通話を切る。
「お前・・・! 」
キッと睨み付けると、そいつは驚いて身をすくめた。それからきょろきょろと周りを見わたした。
「何処見てんだよ。お前だ、お前! 」
「お、おれ・・・? 」
信じられないというようにそいつは目を丸くした。なんでそんなに驚くのか気になったが、今はそれじゃない。
「あんなとこにボーッと座ってっから落ちるんだよ! つーかなんで生きてんだよ、ありえねぇ!」
ビシィっと橋の上を指さして怒鳴ると、困ったように眉を下げた。
「え・・・いや俺、鳩だから・・・」
・・・・・・。
「・・だいたいなぁ! あんなとこに座るなんて頭おかしいぜ? フツーだったら・・・フツー・・・鳩? 」
「そう、俺鳩なんだけど・・・」
「どうみても人間だろうが! なに、お前俺のことバカにしてんの? 」
じろり、と睨め付けると鳩といったそいつは首をブンブンと横にふった。そのあと、困ったように笑って俺の後ろの方を指さした。
「なんだよ・・・? 」
その指に導かれるまま後ろを振り向くと、小さい女の子とその母親がいた。
なにかこそこそと話をしているが、風のって会話が俺の耳に届く。
『 まま、あのおにいちゃんハトさんとおはなししてるよー? 』
『 そうね、おおきいお友達さんなのよ 』
『 おおきいおともだちー? 』
『 そうよー、でもゆいちゃんは鳩さんに話しかけちゃ駄目よ? 』
『 なんでぇ? 』
『 鳩さんはお兄ちゃんとしかお話しないからよ 』
『 そうなのー? いいなぁ、おにいちゃん 』
「あはははは・・・」
「・・・・・・・・・・・。」
そいつは頭を掻きながら、一歩後ろにさがった。
「えーっと・・・わかってくれたかな・・・? 俺、鳩です。」
「くるっぽー? 」
おそるおそる聞くと、そいつは恐ろしく綺麗な発音で鳴いた。
「・・・じゃぁ橋の上にいたのは・・・落ちてきたのは・・・」
「橋の上にいたのは、まぁ、ただとまってただけ。落ちてきたっていうか・・・飛んだんだよ。
」
ぱたぱたーっとね、と言いながらそいつは羽ばたく真似をした。かなりイラッときたが、ツッこむ気力も無かった。
「えーっと、なんかごめんね。」
「・・・・・。」
黙って俯いていると、そいつは慌てたようにまくしたてた。
「あ、でも! 俺らのことが人間に見えるってすごいことだよ! えーっと・・・と、特技ってやつに入るんじゃないかな? だ・・からそんなに落ち込まないでくれると嬉しい・・・です・・・。」
次第に声が小さくなっていき、ついにはそいつも俯いてしまった。
俺がそっと顔を上げると、目の前につむじが見えた。こんなに人間っぽいのに、鳩だと?鳩に向かって話してたとか、信じられるかっ!
ふつふつと羞恥心と共にやるせない怒りが込み上げてきて、思わず目の前の頭にチョップをかました。
「いてっ! 」
頭を押さえて涙を浮かべる姿があまりにも人間くさくて、なんだか溜飲が下がった。
もう、いいや。
こいつが人間だろうが鳩だろうがスライムだろうが、別にかまわないよな。
そうだ、地球は回り続けるし、地球温暖化は進んでいくんだ。
とりあえず、まだこちらを伺っているあいつと自己紹介してみよう。
鳩と話すなんてこれほど珍しいことはない。
明日ダチに話して、笑われて、それで忘れよう。
俺は鳩(灰色のパーカー着たやつ)に向かって、手を差し出した。
END
+おまけ
「お前、名前は? 」
「無いんだよね。」
「すげぇ不便だな。」
「そうかなぁ。なんなら付けてくれてもいいよ? 俺の名前。」
「は? 俺が? ・・・あー、鳩? 」
「まんまじゃん! ちょ、流石にそれはないよっ! 」
「鳩のくせに我が儘だな。」
「鳥差別反対!! 」
「あーじゃあ・・鶏肉か、胸肉・・・手羽先? 」
「・・・鳩でいいです・・・。」