たとえばの話




「たとえばさぁ」

学校の屋上、酸素にやられたフェンスが寄りかかったあの人の重さに悲鳴をあげた。
読んでいた本から視線をあげると、何がおもしろいのか、にこにこと笑っていた。
「・・・何ですか」
生まれつきだという茶髪を風になびかせ、目を細めてこちらを見ているあの人は、俺の2つ上の先輩。
「ん〜、俺がいなくなったら、捜してくれる?」
「は、・・・今ですか?どこかいくんですか?」
意味がわからず、先輩を仰ぎみると、少し困ったような顔をした。
「そーゆうんじゃなくてね、こう・・・なんてゆうか・・・」
手をわさわさと動かしながら考える先輩に気づかれぬよう、そっと息を吐いた。
「捜しませんよ」
「えぇ!?」
とたんにくしゃりと顔をゆがめて、泣きそうに顔を歪める先輩に思わず笑みがこぼれた。
しくしくと泣き真似をしながら隣に来る子供みたいな人を見ないようにして、また本に視線を戻す。
「だって追いつきませんよ。」
「大丈夫だって!!ゆっくりいなくなるから!」
「・・・そういう問題なんですか・・?」
「いや、う〜ん・・・。」
なんて言えばいいんだろう、とかなんとかぶつぶつとつぶやいているのを尻目に、ぺらり、と捲った物語では、主人公がつかの間の安らぎを得ていた。
「ま、いなくならないけどね」
に、と笑って先輩は太陽の熱が移ったコンクリートの床にごろりと寝転んだ。

・・・うそつき。

「ね、予鈴なるちょっと前に起こしてよ。次、移動だから早めにいかなくちゃなんだよね」
「・・・はぁ」
よろしく〜と軽々しく言い、先輩はこちらに背を向けてまるまった。
しばらくして、静かな寝息が聞こえてくる。
そっと覗きみると、存外、幼い顔をしていた。

・・・うそつき。

音を立てないように、立ち上がり屋上から下へと続く扉を慎重に開く。
ひやり、とコンクリート特有の冷たい空気が体を包んだ。

うそつき。

冷たい空気にも感情は冷えることは無かった。

うそつき、うそつきうそつきうそつき

トン、と背中を壁につけると、冷たい壁にどろどろとした感情が、俺が、拒絶されているような気がした。


 「いなくならないけどね」


うそつき、うそつき。
先輩の言葉が、体の中をぐるぐると巡る。
うそつき。
わかってる、その言葉が嘘だということぐらい。
もうすぐ、いなくなってしまうくせに、俺の前から、この狭い学校という世界から、いなくなってしまうくせに。
どうしてそんなに優しく笑うんだ。
アンタは胸にピンクの花をつけて、手には"卒業"の証を持って、
俺に向かって手を振るのだ、



"バイバイ"と。